東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1737号 判決 1971年12月20日
控訴人(被告亡理三郎訴訟承継人) 徳江ハツ子
<他四名>
右法定代理人親権者母 徳江ハツ子
右五名訴訟代理人弁護士 吉野森三
同 柴田敏男
被控訴人(原告) 株式会社三徳鉄工所
被控訴人(原告) 石川徳平
被控訴人(原告) 石川文代
右三名訴訟代理人弁護士 吉武伸剛
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実
一、控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二、当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
(一)被控訴人ら訴訟代理人は、次のとおり述べた。
(1)後記(二)の(1)の事実は、認める。
(2)後記(二)の(2)(3)の民法第一〇九条の表見代理及び同法第一〇八条の自己契約の許諾に関する控訴人らの主張事実については、いずれも否認する。
(二)控訴人ら訴訟代理人は、次のとおり述べた。
(1)控訴人らの先代である原審被告徳江理三郎は昭和四六年六月六日死亡したので、同人の妻子である控訴人らは相続により右亡理三郎の権利義務を承継した。
(2)被控訴人らは、本件契約の締結にあたり、委任状その他契約に必要な書類を訴外成田次郎に交付して同人に代理権を与えたことを表示したのであり、そして、同人は、その代理権の範囲内で控訴人らの先代理三郎(以下、単に理三郎という。)との間に本件金銭消費貸借、担保設定契約等の代理行為をしたのであるから、本件の場合には成田の右行為について民法第一〇九条の表見代理が成立する。
(3)仮に、右主張が認められなかったとしても、被控訴人らは理三郎に対して本件契約に関する委任状その他の書類を交付しているのであり、このことは被控訴人らが理三郎に対して本件契約締結に関する自己契約を許諾したものにほかならない。理三郎は、被控訴人らの右許諾に基いて、本件契約に関する自己契約をなしたものである。
理由
一、請求原因一の事実及び原審被告徳江理三郎が昭和四六年六月六日に死亡して、同人の妻子である控訴人らにおいて同人の権利義務の一切を承継したとの事実については、当事者間に争いがない。
ところで、控訴人らは、控訴人らの先代理三郎は、昭和四二年六月一五日、被控訴人らの代理人である訴外成田次郎に金三〇〇万円を貸し渡した、と主張するので、理三郎が成田に右趣旨の金員の全部又は一部を交付したか否かの点はしばらく措き、まず、成田においてさような代理権を有していたか否かの点について判断する。
(一)原審における証人成田次郎の証言及び原審における理三郎本人尋問の結果中には、この点について控訴人らの主張にそうが如き供述部分があるが、これらは、いずれも後記(二)認定の事実や原審における被控訴人徳平(第一、二回)本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に比照してにわかに措信することができない。
(二)また、各作成名義部分の成立に争いのない乙第四、五号証には、「私儀成田次郎を以て代理人と定め、左の事項を委任します。」とあって、受任者の氏名を「成田次郎」とペン書で補充してあり、委任事項の内容として「徳江理三郎との金三〇〇万円金銭借用契約、右借用金の受領、右借用金額についての登記、公正証書作成の権限の一切」との趣旨のペン書による記入があるので、あたかも、成田に控訴人ら主張の如き代理権があるかの如く見えるが、右乙号各証が理三郎の手許に差し入れられ、完成されるに至った経緯事情は、前叙争いのない事実並びに原審における証人成田次郎の証言、原審における被控訴人徳平(第一、二回)及び理三郎各本人尋問の結果(但し、証人成田次郎の証言及び理三郎本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、次のとおりであることが認められる。すなわち、被控訴人徳平は、成田の紹介で理三郎を知ったので、前叙のとおり、昭和四二年六月初旬、理三郎に対して被控訴会社の営業資金三〇〇万円の融資方を申し込んだところ、理三郎は、手形の割引をしてやるが、それには担保価値のある物件がなければだめだとて、その条件として、債権担保の趣旨で、被控訴人徳平所有の本件土地及び被控訴会社所有の本件建物について抵当権設定、停止条件付代物弁済、停止条件付賃借権設定の各契約の締結を要請したので、被控訴人徳平及び被控訴会社はこれに応ずることにしたこと、そして、被控訴人徳平は、右に必要な書類であるとして要求されるままに、同年六月九日、被控訴人らの住所氏名押印部分のほかは各ペン書部分の内容事項等すべて白地のままの乙第四、五号証等の用紙を漫然と理三郎に差し入れたこと、成田はその際単に仲介人としてこれに立ち会ったにすぎないこと、しかるところ、理三郎は、その後、右乙第四、五号証の用紙にその具体的な使途について何ら被控訴人らの許諾を得ないで勝手に前叙のとおり各ペン書部分を記入してこれを完成させたものであること、以上のとおりであることが認められ、原審における証人成田次郎の証言及び原審における理三郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は原審における被控訴人徳平(第一、二回)本人尋問の結果に比照して措信することができない。
右認定の事実によれば、乙第四、五号証の用紙は、被控訴人らにおいて理三郎から現実に希望どおりの融資が得られる場合にそなえて、あらかじめ、理三郎からその債権担保の手続のために必要なものとして要求されるままに、漫然と、被控訴人徳平がこれを理三郎に交付したものであって、成田に控訴人らの主張するが如き代理権を与えるためのものではなかったことが認められるから、乙第四、五号証をもって成田の前叙代理権の認定資料とすることはできず、他に右代理権の存在を認めるに足る証拠はない。
二、次に、控訴人らは、被控訴人らが委任状等の必要書類を成田に交付した、との事実を前提として民法第一〇九条の表見代理を主張するが、前認定のとおり、被控訴人徳平は乙第四、五号証の用紙等を直接理三郎に交付したのであって、成田は単に仲介人としてこれに立ち会ったにすぎず、他に被控訴人らが理三郎に対して成田に代理権を与えた旨を表示したとの事実を認めるに足る証拠はない(原審における理三郎本人尋問の結果中成田の代理権に関する部分の採用し得ないことは、前叙のとおりである。)から、控訴人らの右主張はその前提たる事実を欠くものであって採用することができない。
三、また、控訴人らは、理三郎が本件貸金契約の自己契約又は双方代理の行為をなすについては、被控訴人らの許諾があった、と主張するが、乙第四、五号証の用紙等が被控訴人徳平から理三郎に交付された経緯事情は前認定のとおりであり、右認定の事実及び<証拠>をあわせ考えるときは、被控訴人徳平が乙第四、五号証の用紙等を理三郎に交付したからといって、控訴人らの主張するが如く、被控訴人らにおいて理三郎に対し本件貸金契約締結についての自己契約又は双方代理の許諾を与えたものとはとうてい認められず、他に本件にあらわれた全資料をもってしてもこれを認めるに足る証拠は見出し得ないから、控訴人らの右主張も採用することができない。
四、そうすると、成田が前叙代理権を有していたとの事実、民法第一〇九条の表見代理、同法第一〇八条の自己契約又は双方代理の許諾の事実を前提とする本件貸金契約成立に関する控訴人らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、いずれもその理由がないものといわなければならない。
五、他方、理三郎が、被控訴人に対し、前叙約旨に基く各仮登記をしたうえ金三〇〇万円を貸与する旨を約して、昭和四二年六月一五日本件土地建物について原判決主文第二項掲記の本件各仮登記を経由したことは、前叙のとおり、当事者間に争いがないところ、<証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。すなわち、すなわち、乙第三号証、乙第九、一〇号証は、本件各仮登記前に、あらかじめ理三郎から要求されるままに、被控訴人徳平において被控訴人らの住所氏名押印部分のほかは各ペン書部分の内容事項等すべて白地のままの状態のものを理三郎に交付したにすぎず、その際はもとよりのこと、その後においても、被控訴人らが本件貸金三〇〇万円を理三郎から受領したことはないこと、被控訴人徳平は、本件仮登記後、昭和四二年七月頃までの間に、再三、理三郎に対して本件貸金の交付を求めたが、要領を得ないので、吉武弁護士のもとに相談に行き、同弁護士が、被控訴人らの代理人として、同年九月二日付の書留内容証明郵便による書面で、理三郎に対し、約旨に反して金員の貸与をしなかったから、本件各仮登記の抹消をするよう申入(甲第一号証の一、二)をしたのに、理三郎は、その後になってから、同年九月一九日付で、被控訴人らの知らぬうちに、勝手に成田を被控訴人らの代理人として乙第八号証の金銭消費貸借証書や作成したこと、以上の各事実が認められ、原審における証人成田次郎の証言及び原審における理三郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は原審における被控訴人徳平(第一、二回)本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に比照して措信することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はないから、乙第三号証、乙第八ないし第一〇号証は本件貸金契約成立の事実を認定し得る証拠として採用することができない。その他、本件にあらわれた全資料をもってしても、被控訴人らが理三郎から直接に、又は、成田以外の者を介して本件貸金三〇〇万円の交付を受けて本件貸金契約が成立したとの事実は、これを認めることができない。
六、してみると、控訴人らの主張する本件貸金に基く被控訴人らの各債務は存在せず、従ってまた、右各貸金債務の存在を前提とする本件各仮登記はいずれも無効のものであるといわなければならない。
七、よって、右と同趣旨で、被控訴人らの本訴請求を理由があるとして認容した原判決は相当である。<以下省略>。
(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)